2002年1月18日〜31日
アフガン難民対策薬剤師団第一次派遣隊
社団法人 日本薬剤師会会員
町田容造 武政文彦 坂本賢
アフガン難民キャンプにおける水質調査
T 目的と意義
今回、アフガン難民キャンプの井戸水などを調査することにしたのは、安全な水を難民たちが使用しているのだろうかという薬剤師としての素朴な疑問から発している。
薬剤師と水との関わりは大きい。薬を服用するには水が必要だ。それは日本人であれ、パキスタン人であれ人種に関係なく必要なことだ。また、衛生的な生活をするには手洗い、入浴、うがいなどで水が欠かせない。その衛生管理に薬剤師は大きく関与している。学校薬剤師活動はその典型例だ。
不衛生な水を使用し続けていれば、感染症や胃腸障害はけっして根絶できない。不潔な井戸水を使用するのを野放しにしておきながら、いくら病気の治療をしても意味はない。それはまるでガソリンを撒きながら火を消すのに等しい行為であるといっても過言ではない。
一方、フォトジャーナリストの久保田氏らによれば、生活に必要な水自体が、不足しているのが難民キャンプの状況だそうである。大旱魃の影響だ。難民たちは多少不衛生でも限られた水源を使わなければならない事情があるのだろうか?
そこで、まずは現状を把握することにした。そして得られたデータをもとに、本格的な調査を行うなり、すぐにでも改善できそうなことには具体的な提言を行うのが次の我々の任務である。
「井戸を掘れて一人前の大人」という風習をもつ国で、他国の人間が水質を改善しろと言うのは容易ではない。しかし、薬剤師が自分の専門性を生かして難民支援を行うとしたら水の問題は避けて通れない。
U 検査対象
- 基礎的検査(水温、外観、臭い、pH、COD、残留塩素)
- 重金属検査(鉄、ヒ素、全硬度)
- 汚染検査(亜硝酸、リン酸)
- 細菌検査(一般細菌、大腸菌群)
以上の全13項目を各水源で検査を実施します。
V 使用器具、試薬等
・ 温湿度計(FJ−3222)
・ 温度計(−20〜+50℃)(FI−3232)(2本)
・ pHメーター(iuchi pH Scan1)
・ タイマー
・ カウンター
・ 約10〜30mlの紙コップ (100個)
・ 蒸留水(500ml×2本)
・ ポリスポイト(FI−1150)
・ PPボトル(250ml)(FG−4916)
・ 透視度計(FI−3648)
・ 使い捨てカイロ 30回分(細菌培養時に使用)
・ ピンセット
各項目における簡易水質検査器具、簡易菌検出紙
■ 基礎的検査
COD 各50回分×2セット(FK−3385、低濃度用:FK−3386)
残留塩素 50回分×2セット(FK−3372)
■ 重金属検査
鉄 40回分×3セット(FK−3377)
ヒ素 35回分×3(FK−3400)
全硬度 50回分×2セット(FK−3399)
■ 汚染検査
亜硝酸性窒素 50回分×2セット(FK−3379)
リン酸 35回分×3セット(FK−3388)
■ 細菌検査(簡易菌検出紙)(セントラル科学株式会社製造)
一般細菌 100回分(FL−0313)
大腸菌群 100回分(FL−0311)
W 操作手技
サンプル採取時に不要に現地難民の誤解を招かないようにするため、分けていただいた水(採取水)は宿泊所に持ち帰り部屋で操作を行う。
@)パックテストの基本的操作(「パックテストで環境しらべ」岡内完治著)
1. 採取した水を紙コップに小分けする。
2. パックテストに針で穴を開け、必要量をパック内に吸い込む。大量の針を、機内への持ち込みは、いろいろと問題がある。よって、荷物として預ける。
3. 数秒〜数分放置後(試験により異なる。)
4. 一定時間放置後、比色する。(チェックシートを参照)
5. 以上を各項目について行い、用紙に記入する。
*当日、採取した水の検査が出来ない場合は、冷暗所に保管する。
A)菌検査の基本操作
1. 採取した検体、数mLスポイトでとり、パック内に入れる。(検体が少量の場合は、必要に応じて希釈する。)
2. 試験紙を検体に約3秒浸し、試験紙の入っていた袋にもどす。
3. カイロの上で24時間培養する。
4. 斑点の数をカウンターで計測し判定する。
5. 菌群数/1mLに換算し用紙に記入する。
X 検査結果
採取場所の情況
サンプルNo1
UNHCR コトカイKotki難民キャンプ(3500ft) 地下100M以上のところからポンプでくみ上げタンクに貯蔵している。タンクの水。
サンプルNo2
ニュージャロザイキャンプ。すこし、ぬるぬるした水。他の井戸を確認できなかった。
サンプルNo3
チャマンChaman難民キャンプ。
サンプルNo4
チャマン難民キャンプのUNHCR現地オフィス、スタッフの茶碗洗い用給水タンクから採取。
サンプルNo5
モハメットキールMuhammad Kheil難民キャンプ(4300ft)。手押し式ポンプがついている井戸の水を採取。このキャンプで現在も使用できる数少ない比較的新しい井戸。
サンプルNo6
モハメットキール難民キャンプ(V135)の井戸。ここは、ただ穴が開いている井戸。子供が落ちないよう、遠巻きに、泥壁ができている。しかし、私たちの足元の土は、どんどん井戸に落ちていった。周りには、野糞が多い。
* モハメットキール難民キャンプには、浅井戸が460あるが、現在、使用されている井戸は4つのみ。このキャンプは、20平方キロメートルの大地に現在、42000名の難民が生活している。このキャンプへ毎日500家族が移り住んできている。
サンプルNO
|
単位
|
1
|
2
|
3
|
DATE
|
|
22 Jan
|
23 Jan
|
26 Jan
|
外観
|
|
|
|
|
臭い
|
|
|
|
|
PH
|
pH
|
7.9〜8.1
|
7.9〜8.0
|
7.8〜8.0
|
残留塩素
|
mgCl/L (ppm)
|
0.2〜0.4
|
0
|
0
|
鉄
|
mgFe/L (ppm)
|
0.5〜1.0
|
0.5〜1.0
|
0
|
全硬度
|
mgCaCO3/L (ppm)
|
200〜
|
200〜
|
200〜
|
ヒ素
|
mgAs/L (ppm)
|
0
|
0
|
0
|
亜硝酸
|
mgNO2-/L (ppm)
|
0
|
0.02〜0.05
|
0
|
リン酸
|
mgPO4-/L (ppm)
|
0.2
|
0.2
|
0
|
一般細菌
|
|
24時間後 ー
|
24時間後 +
|
24時間後 +
|
大腸菌群
|
|
24時間後 ー
|
24時間後 +
|
24時間後 +
|
COD
|
mgO/L (ppm)
|
10
|
50〜100
|
-
|
COD(低濃度)
|
mgO/L (ppm)
|
-
|
-
|
0
|
サンプルNO
|
単位
|
4
|
5
|
6
|
DATE
|
|
26 Jan
|
28 Jan
|
28 Jan
|
外観
|
|
|
|
砂が混ざっている
|
臭い
|
|
|
すこし臭いがある
|
泥くさい
|
PH
|
pH
|
8.4〜8.5
|
9.7
|
8.3
|
残留塩素
|
mgCl/L (ppm)
|
0
|
0
|
0
|
鉄
|
mgFe/L (ppm)
|
0.2
|
0
|
0.2
|
全硬度
|
mgCaCO3/L (ppm)
|
200〜
|
200〜
|
200〜
|
ヒ素
|
mgAs/L (ppm)
|
0
|
0
|
0
|
亜硝酸
|
mgNO2-/L (ppm)
|
0
|
0.2
|
0.02〜0.05
|
リン酸
|
mgPO4-/L (ppm)
|
0.2
|
0
|
0
|
一般細菌
|
|
24時間後 +
|
24時間後 ー
|
24時間後 +
|
大腸菌群
|
|
24時間後 ー
|
24時間後 +
|
24時間後 +
|
COD
|
mgO/L (ppm)
|
-
|
-
|
-
|
COD(低濃度)
|
mgO/L (ppm)
|
2
|
2〜4
|
6
|
Y 考察
以上の結果より、現地難民が使用している水は、様々な問題を抱えている。
井戸の水質に関する問題点は
@ 細菌や汚物汚染の状態を定期的に検査する体制が確立していない。
A 塩素消毒が行き届いていない。(サンプルNo1は、くみ上げた後、タンクに貯蔵する際に塩素消毒を行っていると思われる。)
B 安全な井戸水確保のためのマンパワーが不足している。
また、井戸の構造上の問題点として、
@ 転落防止措置が講じられている井戸もあるが、多くは蓋がない井戸である。
A 枯れた井戸は埋め戻しが理想だが、再利用を考慮しそのままにしてある。
例えば、日本の水道水質基準に照らし合わせた場合、サンプル1のみが適合する(注 CODは一律排水基準 生活環境項目の指標であり、水道水質基準ではない)。サンプル4については、一般細菌群の同定はできたが、定量はできなかったため不適とした。
現段階では、細菌の汚染を除くこと(消毒)が可能なら飲料水としても使用可能と考えられる。
亜硝酸が検出されたサンプル2.6では、細菌も検出された。これは、汚物の混入が疑われる。
今回、水を採取した時期が1月と比較的、感染症の発生が少ない季節であったが、夏場には、現在の井戸、井戸水の管理では、小動物の死骸、糞便の混入から感染症を引き起こす可能性も考えられる。
この予防措置を取ることにより、慢性的に不足しているキャンプでの抗生物質の使用量減少にもつながると考えられる。
Z 提言
@ 感染症の拡大を抑制するためにも「井戸水の安全管理システムの構築」は必須と考えられる。その際、専門的指導者の役割は薬剤師が担い、結果を難民にフィードバックできるよう働きかけなくてはいけない。
A 難民支援活動に参加している各国のスタッフの健康管理、衛生管理のためにも水質管理が必要である。
[ 備考
● 当初の予定では採取時に測定する項目があったが、削除した。
● 検査用備品として、紙コップ、ピンセット、スポイトは使用しなかった。
● 今回、細菌の定量は、培養条件が良くなかったため検出のみとなった。
● 次回、定量を行う場合には、検体の保管のため、恒温器の準備が必要である。(今回は、ズボンの後ろポケットに入れて培養したため、反応は出るが検体が固定されなかったため定量は出来なかった。)
参考
各検査項目の簡単な解説
@)基礎的検査
水の汚れを人は五感でだいたい感じ取ることができる。だれもが褐色の水は口にしたくないはずだ。水の汚れを表す基本的な検査指標が以下の2項目である。
- COD(化学的酸素要求量)
CODは、水質汚染の指標で、主として有機汚濁物質が酸化剤によって処理される酸素量をppm(mg/L)で表示したもの。数値が大きいほど酸素を必要としていることを表わし、汚染が進んでいることを示す。
- 残留塩素
残留塩素とは、水を消毒した際に、どれだけの塩素が残っているか?ということ。塩素消毒により、細菌は死滅する。
今回の井戸水の調査を主に行うのに、残留塩素を指標に入れたもう1つの理由は、『医師 井戸を掘る』(中村哲著)の記述に、塩素消毒を行った。とあったため今回の調査の検査項目に追加した。
A)重金属検査
この検査は、医薬品と大きく関係がある。服用した医薬品と金属がキレートを形成し、吸収率の低下を招き、治療に支障をきたす場合も考えられる。
- 鉄
水分中の鉄分は、原水に由来するほか、鉄管から溶け出す場合など、貯水槽が原因であることもある。鉄分を多く含む水は赤茶色に濁り、カナ臭く、渋味がする。その水を使うと食器や衣類などが黄褐色になる。
- ヒ素
地質による影響と農薬,殺虫剤,医薬品,除草剤の混入による汚染の疑いを示す。
- 全硬度
硬度は水中のカルシウム、マグネシウムの量を、これに対応する炭酸カルシウムのmg/Lに換算したもので、国によって度数が異なり、日本では水道水基準で300mg/L以下、快適水質項目では10mg/L以上100mg/L以下といわれている。硬度が低すぎると水にコクがない。高いとまろやかさに欠け、下痢を起こしやすく、せっけんの泡立ちが悪くなる。
B)汚染検査
- 亜硝酸性窒素
亜硝酸は、アンモニアの酸化によって生成される。アンモニアが、バクテリア、酸素、金属により酸化されることにより亜硝酸となる。井戸水、湧き水から亜硝酸が検出された場合には、動物の死骸、し尿汚染の可能性がある。
アンモニアが酸化されて、亜硝酸となり、最終的に硝酸となる。
(今回は、亜硝酸も硝酸として検出されるためにも亜硝酸性窒素の測定により飲料水として適しているか、し尿、死骸などにより汚染されているかは検査できるため、亜硝酸性窒素のみ測定する。)
- リン酸
リンなどの栄養塩類は、河川や湖沼の富栄養化を促進することから、汚染の指標となっている。リン酸はおもに生活排水、工場排水、肥料などから混入する。
C)菌検査
- 一般細菌群
し尿,下水,排水等による汚染の疑いを示す。経口伝染病等消化器系病原菌による疾病など汚染の指標となる。
- 大腸菌群
大腸菌は、ほ乳類の結腸に寄生する腸内細菌で、健康人の腸内にふつうに存在する。本来は無害だが、腸以外の臓器に侵入すると下痢や泌尿器の感染症などをもたらすことがあり、糞便から散らされるため、汚染の有無の指標とされ、水質検査に用いられている。日本の水質基準では検出されないことが原則となっている。
*今回の渡航は、季節が冬のため、菌群の検出はどうなるのかにも興味があった。
D)水道法水質基準 (参考値)
わが国水道法の改訂により旧基準26項目に新たに20項目が追加され46項目となっている。改訂に伴い,鉛,ヒ素,マンガン,陰イオン界面活性剤については基準値が強化された。
わが国における飲料水水質基準値(平成4年12月21日水道法改正)
項目
|
単位
|
飲料水 水質基準
|
菌類
|
一般細菌
|
個/mL
|
100 以下
|
大腸菌群
|
−
|
検出されないこと
|
無機物質重金属
|
カドミウム
|
mg/L
|
0.01 以下
|
水銀
|
mg/L
|
0.0005以下
|
セレン
|
mg/L
|
0.01 以下
|
鉛
|
mg/L
|
0.05 以下
|
ヒ素
|
mg/L
|
0.01 以下
|
六価クロム
|
mg/L
|
0.05 以下
|
シアン
|
mg/L
|
0.01 以下
|
硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素
|
mg/L
|
10 以下
|
フッ素
|
mg/L
|
0.8 以下
|
一般有機化学物質
|
四塩化炭素
|
mg/L
|
0.002 以下
|
1,2-ジクロロエタン
|
mg/L
|
0.004 以下
|
1,1-ジクロロエチレン
|
mg/L
|
0.02 以下
|
ジクロロメタン
|
mg/L
|
0.02 以下
|
シス-1,2-ジクロロエチレン
|
mg/L
|
0.04 以下
|
テトラクロロエチレン
|
mg/L
|
0.01 以下
|
1,1,2-トリクロロエタン
|
mg/L
|
0.006 以下
|
トリクロロエチレン
|
mg/L
|
0.03 以下
|
ベンゼン
|
mg/L
|
0.01 以下
|
消毒副生成物
|
クロロホルム
|
mg/L
|
0.06 以下
|
ジブロモクロロメタン
|
mg/L
|
0.1 以下
|
ブロモジクロロメタン
|
mg/L
|
0.03 以下
|
ブロモホルム
|
mg/L
|
0.09 以下
|
総トリハロメタン
|
mg/L
|
0.1 以下
|
農薬
|
1,3-ジクロロプロペン
|
mg/L
|
0.002 以下
|
シマジン(CAT)
|
mg/L
|
0.003 以下
|
チウラム(チラム)
|
mg/L
|
0.006 以下
|
チオベンカルブ
|
mg/L
|
0.02 以下
|
一般性状
|
亜鉛
|
mg/L
|
1.0 以下
|
鉄
|
mg/L
|
0.3 以下
|
銅
|
mg/L
|
1.0 以下
|
ナトリウム
|
mg/L
|
200 以下
|
マンガン
|
mg/L
|
0.05 以下
|
塩素イオン
|
mg/L
|
200 以下
|
カルシウム,マグネシウム等(硬度)
|
mg/L
|
300 以下
|
蒸発残留物
|
mg/L
|
500 以下
|
泡
|
陰イオン界面活性剤
|
mg/L
|
0.2 以下
|
臭い
|
1,1,1-トリクロロエタン
|
mg/L
|
0.3 以下
|
フェノール類
|
mg/L
|
0.005 以下
|
基礎的性状
|
有機物量(過マンガン酸カリウム消費量)
|
mg/L
|
10 以下
|
pH値(測定時水温)
|
−
|
5.8〜8.6
|
味
|
−
|
異常でないこと
|
臭気
|
−
|
異常でないこと
|
色度
|
度
|
5 以下
|
濁度
|
度
|
2 以下
|
E)UNHCR緊急ハンドブックの目安 (参考値)
大腸菌群数/100ml
|
水 質
|
1〜10 |
適度 |
10〜100 |
汚染されている |
100〜1000 |
かなり汚染されている |
1001〜 |
著しく汚染されている |
文責 坂本賢
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|