『社長のボヤキ』
2004.3.17
昨日は、仙台日帰り出張。往復800kmか・・・。
疲れが残る。プライベートな面でも面白くないことが沢山あった。実にこれが『大殺界』と云う奴か。
「義務」を果たせない者は、「権利」を主張する価値はない。生前、親爺が良く話していた言葉である。「義務」と「権利」。難しいが、長年これをハッキリ区別し、世の中を渡って来ると判り易くなる。
最近、世に暴力が少なくなった性か、「権利」のみを主張する人達が増加している。
一昔前ならば、「何だこの野郎」と罵声を浴びせられ、胸ぐらをつかまえられる場面でも、「どうせこの人達は何も出来ないんだ。私は安全。だから何でも云っちゃえ」式の考え方が蔓延しているように思われる。特に女性に多く見受けられる。女性の過保護より来る、誤った「エゴイズム」である。
社会一般のルールが失われて来ている。自由の中でのルールとでも云おうか。人間としての約束事である、「敬う」「尊敬する」「感謝する」「仕える」etc・・・は、ほとんど死語になって来たようだ。個性的と云えば聞こえは良いが、基本的ルールなしの言動が目につく。古今東西、平和を謳歌している時代はすべからくこの傾向が強い様である。
さっき、散髪屋からの途中、危うく事故に引き込まれそうになった。2車線を制限速度で走っている最中、突然、左サイドの病院より車線を越えてUターンした車が小生の車に突っ込んできた。このルートは良くありがちな事なので、注意はしていたのだが、先方はブレーキングもせず、それこそ人の迷惑顧みず、突っ込み続ける。とっさに後続車がいないのを確かめ、逆ハンドルを切ってサイドスピンをかけ、難を逃れた。ちょっと昨夜の件で、すぐヒューズが切れる状態にあったので、『大バカ車』を追っかけた。案の定、女性ドライバーで、年の頃は40〜50歳、煙草をくわえ「かわいくとも何ともない」さらに、顔の皮がこれ以上厚くならない様な御面相をして居った。「ジーッ」と当方を無視。くわえ煙草が心なしか震えている。右手の人差し指を絶え間なく動かしている。まだ無視しようと頑張っている。「こっちを見ない。」当方は、仕草が面白いので、信号待ちの場所で40cmのサイドに止める。青に変わった。くわえ煙草の灰がポトリと落ちたのを確認。おばさん、一瞬股間とおぼしき場所に目線を落としたその瞬間、急発進し、見事にトヨタカローラに追突。思わず声を出して笑ってしまった。「知―らないっと・・・」その後の事は知らない。「おばさん、くわえ煙草は年季が入ってないとヤバイヨ。」ちょっとした「エゴ」が事故につながるんですヨ。女性らしく、しおらしく「すみません。」と会釈すればなんともないのに、シカトするから・・・ネ。
女は灰になるまで女なんだから。
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