1月21日月曜日
午前5時。
コーランの声で「グッドモーニング」。
歴史のある国だから、なんだかんだとあるのだろう。兎に角、のどかです。UNHCRへ早朝出勤予定。又、久保田君の友達のアジズはナッサルバードで子供達に英語を教えているという。教材が足りないということでノートと鉛筆、消しゴム100人分を調達して進呈予定。今回の目的をそこここで達成したい。アフガンが住みよい国となりパキスタンも80%軍事費なんてやめて平和になれば双方めでたしめでたしとなるんだろうが。
世界国家の絶対的な「仕切り屋」なんて出てこないもんですかね。
アジズに頼んで中村医師に会えるようUNHCRにフリータイムをお願いしよう。
午前11時30分快晴
UNHCR、約束の時間に5分遅れで到着。
ブリーフィングの時間となる。医師、看護婦その他、所長代理以外は女性。どうなっているの?そりゃそうだ。国連だもんな。
チョット頭の切り替え完了。
資材もろもろ、備蓄基地であるWFP(世界食料計画)の施設を見学。(アクセルクルー遅刻)
パキスタン人よりアクセルクルーの方が心配である。大丈夫かな?
ナッサルバード視察。今日の目的を終える。
ホテルへ帰還したら羽生氏が待っていてくれたんですが、この頃になると羽生氏さまさまって感じになってきます。
頼りになります。明日もよろしくお願いします。
北部同盟がドンパチを始めたみたい。
全てが予定通りということでした。ハイ。
団長
2002年1月21日 22:30(PAKI時間)PC HOTELにて
私には、パキスタンに到着してから気になっていることが、いくつかありました。
@ 衛星携帯電話の調子がわるい。
A カメラの充電器を忘れてきた?こと。
しかし、この問題は、今日で全て解決しました。電話に関しては、5:30AMから起き、KDDIに対処法を教えていただき、朝の時点で解決。
Aは、バッグの奥に入っていた。よって解決。
とても、嬉しい一日でした。
しかし、今日のスケジュールは、とても内容が濃く私のような筆不精には、表現しきれないものとなりました。
つまり、援助のありかた、方法などについてです。
写真を、数点入れるので、今回については、ご勘弁ください。
そして、みなさんもなにか、考えてください。
坂本
A:WFPの食料(主に小麦。)
B:難民を減らす為?にパキスタン政府がおこなった行動。
C:Bによって、なくなった学校。私達に遠くから集まるアフガン難民。
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